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    こまけだら

    Author:こまけだら
    早稲田大学教育学部社会科社会科学専修卒業。現在は自宅警備員、家事手伝いを兼業。

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2012/04/13(Fri)

みんなちがってみんないい

いきなりポジティブじゃねえか!前の記事と言ってることが違うぞ!
なーんてことにはならないのでご安心を。

俺はこの言葉がどうにも好きになれない。いや、金子みすずをdisりたいわけではない。
むしろ金子みすずはどちらかと言うと好きかもしれない。
正確に言えばこの言葉を安易に使う人が好きになれない、と言うべきだろうか。
俺の周囲にはこの言葉が好きであるらしい人が何人かいるようなので少し言いづらいのだが。
でも言っちゃうもんね!

「みんなちがって」はいいとして「みんないい」がどうにも引っかかるのだ。
「みんないい」ってどういうこと?
「みんな(私と小鳥と鈴)それぞれできること、できないこと、役割の違いなんかがあって面白いね。」
ってそういう解釈でいいのかな。とりあえず俺はそういう解釈を前提に話を進めます。

まあこの一文自体はいいんだけどね。
これを教育の現場に引っ張ってきて「個性を育てる教育を~」っていう理念として掲げるのは「おいおい、それってちょっと違わないかい?」と思うわけよ。
でも現実は教育者やそれに近い人ほどこういうことを言うんだよね。
で、なんで俺がそれに違和感を覚えるのかって?
だって現実と違うじゃない。
実際には私と小鳥と鈴の全ての役割をこなせてしまう、要するに「天が二物を与えたスーパーマン」っていうのが存在するわけで。
その圧倒的な現実を目の前にした時、個性がどうこうなどという言葉は何の慰めにもならない。

と言ってもまあこれは極端な例であって、そんななんでもこなせる人間というのはそう多くはない。
だが、それとは対照的に、何の役割もこなせない人間っていうのがいる。
それが俺なんだけどね!
これは単なる自虐というわけではなくて、実際けっこうな数の人間はそんなものだと思う。
それは別にいいのよ。
何も取り柄がなくて、醜く、酷く矮小な自分。
そんな自分に気付いたときはじめて本当の意味での自己の形成がされていくんだと思う。

その「気付き」を「みんないい」とか「個性」とかいったふわふわした言葉が阻害してしまうのではないか。
「個性を大事に」と言ったところで大事にするだけの価値のある個性をはじめから持った子どもなんてそうはいないよ。
「自分探し」っていうやつと同じ。探すに値する自分なんていやしない。
その事実をどうしてはっきり示してやれないのか。
結局、そんな根拠のない個性という名の幻想と現実の矛盾を自分の中で解決できなかった人が苦労をするのだ。
現実は(あるいは社会は)そういう風にはできていないからね。
それでも「みんなちがってみんないい」なのかな。
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